地元探索


新型コロナの感染拡大前は作品製作のインスピレーションを求めて方々によく出掛けました。

様々なものに出会い刺激を受けたりインスピレーションを得たり・・。そんな経験が日々の活力にもなっていました。

出口の見えない閉塞感に時々息苦しくなってしまいますが、身近な所にも案外見逃していた魅力が潜んでいるかも知れません。


先日地元の名所を訪ねてみました。


横浜市金沢区にある真言律宗の寺院 称名寺。

建立は鎌倉時代中期で北条実時が建てた阿弥陀堂が起源とされています。

この赤門を入って真っ直ぐ進むと、






かなり古い仁王門があります。

こちらは通り抜けはできないので脇から先に進むと、




美しい浄土式庭園が広がります。

浄土式庭園と言えば平等院や毛越寺が有名ですが関東では現存する浄土式庭園が数少ないので称名寺の庭園も知る人ぞ知る存在です。

この大きな池は梵字の「阿字」の形をしているそうで「阿字が池」と呼ばれています。

池には朱色の反橋と平橋が続けて架けられていて庭園のフォーカルポイントとなっています。

春には桜、続いて黄菖蒲が咲き乱れそれは美しいです。







橋を渡った先にある金堂と釈迦堂。歴史を感じる建物です。

釈迦堂は茅葺の屋根です。





金堂と釈迦堂の近くにある鐘楼。

この鐘楼は歌川広重の描いた「金沢八景」のひとつ「称名の晩鐘」の鐘です。

広重の絵を見ると、近くの平潟湾で舟を漕ぐ漁民が山の上の称名寺から響く入相の鐘の音を聞いている情景が描かれています。

今は埋め立てが進み昔とは全く地形が違いますが江戸時代までは称名寺からは近くに海が見下ろせたのですね。











歌川広重作『金沢八景・称名の晩鐘』。敷地内の隧道にあるタイル画より。


池の近くに植えられている「青葉楓」。

称名寺は謡曲『六浦(むつら)』の舞台でもあり(この辺りは昔「六浦の荘」と呼ばれていました)、この青葉楓も謡曲に登場します。

辺りの木々が紅葉する中でただひとつ紅葉せずにいる楓の木があり、その理由を楓の精は中納言為相卿(冷泉為相。藤原定家の孫に当たる公卿・歌人)が周りの木々に先駆けて紅葉していたこの楓の木を見て名歌を詠まれたので『巧なり名をとげて道退くは天の道』と老子の言葉を引いてそれ以来紅葉するのを止めたと語ります。

現在の青葉楓は数代目で「謡曲史跡保存会」により植えられた若木です。横には「青葉楓」の由来を説明する立札が立てられています。


毎年5月には称名寺境内で薪能が催されます。











池の端にひっそりと立つ「美女ヶ石」。もともとは「姥ヶ石」と対になっていたようですが、今はこの石だけが残っています。

昔姥と共に池の辺りを散策していた姫君が誤って池に落ち、助けようとした姥も共に溺死してしまったという伝説があり、この石は二人を供養するために立てられた供養の石であるという説もあるそうです。



称名寺から開山の祖北条実時像を見ながら古い隧道を抜けると神奈川県立金沢文庫に通じています。

隧道の両側には広重の『金沢八景』のタイルのパネルが埋め込まれています。

神奈川県立金沢文庫の前身は歴史上有名な「金沢文庫」です。

北条実時をはじめとする金沢北条氏が蒐集した貴重な書籍が収められていましたが、鎌倉幕府の滅亡とともに書籍類も大部散逸してしまったようです。

現在同館は称名寺の文化財の管理と展示も担われています。















称名寺は現在は住宅街の中にひっそりと佇む目立たぬ存在ですが、門から中へ入ると敷地はかなり広く別世界が広がります。

池の畔にあるベンチに腰掛けて池を眺めながらのんびりと過ごしていると時間がゆったりと流れとてもいい心地です。

近くには海を一望できる伊藤博文の旧別邸もあり最近解体・復元されたばかりなのでまたそこも訪れてみたいと思います。